手軽に入手できる市販の歯列矯正マウスピースは、一見すると魅力的な選択肢に思えるかもしれません。しかし、その使用には様々な潜在的リスクが伴うことを十分に理解しておく必要があります。歯科医師の適切な診断や管理なしに自己判断で歯を動かそうとすることは、効果が得られないばかりか、取り返しのつかない健康被害につながる可能性も否定できません。最も懸念されるリスクの一つは、歯や歯周組織へのダメージです。歯列矯正は、歯に適切な力を継続的に加えることで、歯を支える骨(歯槽骨)の吸収と再生を促し、歯を移動させる治療です。この力のコントロールは非常にデリケートであり、強すぎても弱すぎても問題が生じます。市販の既製品マウスピースは、個々の歯並びや顎の形に完全に適合していないため、特定の歯に過度な圧力がかかったり、逆に全く力がかからなかったりする可能性があります。過度な力がかかると、歯根吸収(歯の根が溶けて短くなる)や歯肉退縮(歯茎が下がる)、歯の動揺の増大、さらには歯髄炎(歯の神経の炎症)などを引き起こすことがあります。また、不適合なマウスピースが歯茎を圧迫し続けることで、歯肉炎や歯周病を悪化させることも考えられます。次に、噛み合わせの悪化というリスクです。歯並びは、単に見た目の問題だけでなく、上下の歯が正しく噛み合うことで、咀嚼機能や発音、顎関節の健康などが保たれています。市販のマウスピースで自己流に歯を動かそうとすると、意図しない方向に歯が移動し、噛み合わせのバランスが崩れてしまうことがあります。これにより、特定の歯に過度な負担がかかって歯が欠けたり、顎関節に痛みや雑音が生じる顎関節症を発症したり、あるいは食べ物がうまく噛めなくなったりといった問題が生じる可能性があります。一度崩れた噛み合わせを元に戻すのは、非常に困難で専門的な治療が必要になることが多いです。さらに、期待した効果が得られない、あるいは逆に歯並びが悪化するというリスクも常に伴います。市販のマウスピースの多くは、歯を動かすために必要な科学的根拠や臨床データが乏しいものが少なくありません。自己流のケアでは、問題が生じても気づきにくく、対処が遅れてしまうことも懸念されます。これらのリスクを考慮すると、市販の歯列矯正マウスピースの使用は極めて慎重になるべきです。
市販の歯列矯正マウスピースの潜在的リスク