Yさん(30代女性)は、長年コンプレックスだった叢生(歯のガタガタ)を治すため、裏側矯正(舌側矯正)を開始しました。治療は順調に進んでいましたが、開始から約2ヶ月が経過した頃、同居しているパートナーから「最近、いびきが大きくなった。時々、呼吸が苦しそうだよ」と指摘されました。Yさん自身は、特に自覚症状はありませんでしたが、パートナーの心配を受け、睡眠外来を受診することにしました。睡眠ポリグラフ検査の結果、Yさんは軽度の睡眠時無呼吸症候群(SAS)と診断されました。1時間あたりの無呼吸・低呼吸指数(AHI)は7回(正常は5回未満)でした。担当医は、Yさんの口腔内を診察し、裏側矯正装置が舌のスペースをやや狭めている可能性と、Yさん自身が元々やや下顎が小さい傾向にあることを指摘しました。そして、「矯正装置がSASの直接的な原因とは断定できませんが、舌の位置に影響を与え、元々の素因を顕在化させた可能性は考えられます」と説明しました。治療法として、まずはCPAP(シーパップ:経鼻的持続陽圧呼吸療法)を試みることになりましたが、Yさんは毎晩マスクを装着することに抵抗を感じました。そこで、矯正歯科医と睡眠専門医が連携し、矯正治療の進行状況を見ながら、可能な範囲で舌房(舌が収まるスペース)を確保できるような装置の調整や、睡眠時の体位の工夫(横向き寝の推奨)などを行うことになりました。また、Yさん自身も、体重管理や就寝前の飲酒を控えるなどの生活習慣の改善に努めました。数ヶ月後、再度睡眠ポリグラフ検査を行ったところ、AHIは4回にまで改善し、パートナーからも「いびきがほとんど気にならなくなった」と言われるようになりました。Yさんのケースは、歯列矯正が全てのいびきの原因となるわけではないものの、個人の骨格的特徴や装置の種類によっては、一時的に影響を与える可能性があり、そのような場合には関連する専門医との連携が重要であることを示唆しています。