「市販の歯列矯正マウスピース」と「歯科医院で行うマウスピース型矯正装置(インビザラインなど)」は、どちらも透明なマウスピースを使って歯並びを整えるという点では共通しているように見えるかもしれません。しかし、その製造プロセス、機能、安全性、そして治療結果には決定的な違いがあります。これらの違いを正しく理解することが、適切な治療法を選択する上で非常に重要です。まず、最も大きな違いは、歯科医師による診断と治療計画の有無です。歯科医院で行うマウスピース矯正は、必ず矯正歯科医による精密な検査(レントゲン、歯型、口腔内写真など)と診断から始まります。これらのデータに基づき、患者さん一人ひとりの歯並びの状態、顎の骨格、噛み合わせの問題点などを詳細に分析し、コンピューターを用いた3Dシミュレーションなどを活用しながら、最適な歯の移動計画を立案します。そして、その計画に基づいて、オーダーメイドの複数のアライナー(マウスピース)が作製されます。治療中も、定期的に歯科医師が歯の動きや口腔内の状態をチェックし、必要に応じてアライナーの調整や治療計画の修正を行います。一方、市販のマウスピースは、このような専門家による診断や個別化された治療計画は一切存在しません。多くは既製品であり、個々の歯並びに合わせて作られていません。自分で歯型を採るタイプのキットもありますが、その精度は歯科医院で行うものとは比較にならず、正確な歯の移動をコントロールすることは極めて困難です。次に、マウスピースの材質と設計です。歯科医院で提供される医療用のマウスピース型矯正装置は、生体親和性の高い特殊なプラスチック素材で作られており、歯を安全かつ効率的に動かすために、厚みや硬さ、形状が精密に設計されています。アタッチメントと呼ばれる歯の表面につける小さな突起物や、顎間ゴムなどを併用することで、複雑な歯の移動も可能になります。対して、市販のマウスピースの材質や設計は様々で、中には歯を動かすために必要な適切な矯正力を発揮できないものや、逆に過度な力を加えて歯や歯周組織にダメージを与えてしまう可能性のあるものも存在します。さらに、治療のゴール設定と管理体制も異なります。