開咬は、単に前歯が噛み合わないという審美的な問題に留まらず、放置することで身体的および機能的な側面に様々な深刻な悪影響を及ぼす可能性があります。まず最も直接的かつ日常的に影響が現れるのは、食事の際の咀嚼機能の著しい低下です。前歯を使って食べ物を効率よく噛み切ることが困難であるため、例えば麺類を最後まで綺麗に啜りきれなかったり、野菜や肉類を適切に処理できなかったりします。その結果、十分に噛み砕かれないままの食物を飲み込むことになり、胃腸への負担が増加し、慢性的な消化不良や栄養吸収の阻害を引き起こす可能性があります。また、噛みやすい奥歯にばかり過度な咀嚼力が集中するため、奥歯の早期の摩耗や破折、さらには奥歯を支える歯周組織への負担増大といったリスクも高まります。次に、発音機能への影響も無視できません。特にサ行、タ行、ラ行といった、舌と前歯の適切な接触が発音に不可欠な音は、開咬の場合、歯の間に存在する隙間から息が漏れやすくなるため、発音が不明瞭になったり、いわゆる舌足らずな話し方になったりすることがあります。これは、円滑なコミュニケーションを阻害し、コンプレックスを感じる原因となることも少なくありません。さらに、開咬の患者さんは、口唇が自然に閉じにくく、無意識のうちに口呼吸が常態化しているケースが多く見られます。口呼吸は、口腔内を慢性的に乾燥させ、唾液が持つ重要な自浄作用、殺菌作用、そして歯の再石灰化作用を著しく低下させます。その結果、虫歯や歯周病に罹患しやすくなったり、口臭が発生しやすくなったりします。また、乾燥した冷たい空気がフィルターを通さずに直接喉の粘膜に入り込むことで、風邪やインフルエンザといった呼吸器系の感染症にかかりやすくなるという医学的な指摘もあります。顎関節への影響も深刻な懸念事項です。開咬の状態では、噛み合わせ全体のバランスが悪く、顎関節に不自然で偏った力がかかりやすいため、顎関節症(顎の痛み、口がスムーズに開けられない、顎を動かすと音が鳴るなど)を発症したり、既に存在していた症状を悪化させたりするリスクが有意に高まります。
開咬を放置した場合に起こりうる深刻な悪影響